康祐碩(カン・ウソク、1960年11月10日<ref name="naver" /> - )は、韓国の映画監督、脚本家、プロデューサー。シネマ・サービス代表、カン・ウソク シネマ・アカデミー代表もつとめる。映画監督としての代表作は『シルミド』、『韓半島(日本未公開)』ほか。『シルミド』は韓国で1000万人以上を観客動員し、2003年当時、韓国の観客動員数歴代1位記録をつくった。『韓半島』は日本未公開ながら、日本で物議をかもした。慶尚北道慶州市出身。
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*成均館大学校 英語英文科 中退
*1983年『愛馬夫人2』監督 チョン・インヨン(???)(原題 ????2) - 演出部として初参加
*1986年『踊る娘』監督 ノ・ジェハン (???)(原題 ??? ?)- 初脚本担当
*1988年『甘い花嫁たち』(原題 ??? ???) - 初監督作品
*1992年『ミスターマンマ』(原題 ??? ??) - 初プロデューサー(兼 監督)作品
*1993年 カン・ウソク プロダクション(??? ????)を設立 (映画製作および配給業)
*1995年 シネマ・サービス(??????)に社名を変更
*2005年 5月 シネマ・サービス - 自己の映画製作に専念するため、会社経営から一時離脱
*2006年 12月 シネマ・サービス - 経営改善のため、経営者として復帰
*2008年 シネマ・サービス - 組織の大幅な構造改革に着手
*『甘い花嫁たち』(原題 ??? ???)(1988年)
*『幸せは成績順位ではないでしょう』(原題 ??? ???? ?????)(1989年)
*『私は日々立ち上がる』(原題 ?? ??? ????)(1990年)
*『十九歳、絶望の果てで歌うひとつの愛の歌』(原題 ??? ?? ?? ??? ??? ????)(1991年)
*『誰が竜の足の爪を見たのか』(原題 ?? ?? ??? ????)(1991年)
*『二十歳まで生きていたい』(原題 ?????? ?? ???)(1991年)
*『ミスターマンマ』(原題 ??? ??)(1992年)
*『ツー・コップス』(原題 ???)(1993年)
*『女房殺し』(原題 ??? ???)(1994年)
*『ママに恋人ができました』(原題 ???? ??? ????)(1995年)
*『ビールが恋人よりいい七つの理由』(原題 ??? ???? ?? 7?? ??)(1996年)
*『ツー・カップス2』(原題 ???2)(1996年)
*『ホリデーイン・ソウル』(原題 ???? ? ??)(1997年)
*『生寡婦慰謝料請求訴訟』(原題 ??? ??? ????)(1998年)
*『公共の敵』(原題 ??? ?])(2002年)
*『シルミド』(原題 ???)(2003年)
*『公共の敵2』(原題 ??? ?2)(2005年)
*『韓半島』(原題 ???)(2006年)
*『カン・チョルジュン 公共の敵1-1』(原題 ???: ??? ?1-1)(2008年)
*『黒く濁る村』(原題 ??)(2010年)
*『ホームランが聞こえた夏』(原題 ???)(2010年)
-百想芸術大賞-
*第45回(2009年)映画大賞『カン・チョルジュン 公共の敵 1-1』
*第40回(2004年)映画大賞『シルミド』
*第30回(1994年)映画大賞『トゥー・カップス』
-利川春史大賞映画祭-
*第18回(2010年)最優秀作品賞、監督賞(その他、5部門受賞)『黒く濁る村』
*第14回(2006年)監督賞『韓半島』
*第14回(2006年)最優秀作品賞『韓半島』
*第12回(2004年)審査委員特別賞『シルミド』
-青龍映画賞-
*第25回(2004年)監督賞 『シルミド』
-黄金撮影賞授賞式-
*第17回(1993年)監督賞『ミスターマムマ』
韓国で2006年7月に公開された映画『韓半島』(日本未公開)は、日本で波紋を呼んだ。共同通信は「行きすぎた反日と愛国心に訴え、議論が広がっている」、読売新聞は「日本が悪役に登場する『韓半島』の興行が注目されている」と報じた。また西日本新聞は2006年7月17日に「大ヒット!?究極の反日映画 『韓半島』にドッと観客 日韓武力衝突シーンが話題」なる見出しの記事を掲載した。映画が日本未公開であったにもかかわらず、日本テレビの報道番組『真相報道 バンキシャ!』や読売テレビの『たかじんのそこまで言って委員会』等でも取り上げられた。
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