金日成と金正淑の間に生まれる。金正日の同母妹。本名は「敬子(ギョンジャ)」、光復後「ギョンヒ」に改める。漢字は金慶喜、金景姫、金慶姫とも表記する。次兄の金万一が溺死したこともあってか、兄の金正日からは溺愛されているといわれている。
夫は張成沢で金日成総合大学で共に経済学を学んだ事から知り合った。一時期父の金日成に彼は遠ざけられたが、金正日の取り成しなどで結婚した。
1987年に朝鮮労働党軽工業部長に就任し、1990年以降は最高人民会議の代議員に選出されている。1995年10月に北朝鮮の公式報道に党中央委部長の肩書で登場して以来、13年間にわたり動静が伝えられなかったが、2009年6月8日に朝鮮中央放送などが金正日総書記の平壌音楽大学(?????????)への視察に、夫と共に同行したことを伝えた(視察の日付は不明)。
金正日の後継者として金正恩の名前が取り沙汰されるなか、2010年9月21日には韓国メディアが金敬姫を、金正日の後継者候補として最有力であると報じた。その後9月28日に金正日は金正恩と金敬姫に朝鮮人民軍大将の称号を授けた。同日に開催された第3回党代表者会議で金敬姫は中央委員に選出され、直後の中央委員会総会で政治局員に選出された。
長年アルコール依存症に苦しんでいるとされる。