金 英柱(キム・ヨンジュ、1920年 - )朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の政治家。国家副主席などの要職を務めた。
北朝鮮を建国した金日成の実弟で、現在の同国の最高指導者である金正日の叔父にあたる。
金亨稷と康盤石夫妻の三番目の息子として生まれた。金英柱が生まれた1920年、一家は南満州に移住したため、金英柱は満州で育った。
日本が第二次世界大戦に敗れ、朝鮮半島がアメリカ合衆国とソビエト連邦によって分断占領されると、兄の金日成は1948年、ソ連の占領地域に朝鮮民主主義人民共和国を建国した。金英柱はソビエト連邦に留学し、モスクワ大学やソ連共産党モスクワ党高級学校などで学んだ。帰国後、1960年代には朝鮮労働党組織指導部長に就任するなど、党官僚としてのキャリアを積んだ。1966年、党政治局員候補・書記局書記に就任。1970年代には南北交渉において、北朝鮮側の首席代表を務めた。1972年の南北共同声明にも署名している。しかし、この頃から公式の場から姿を消し、朴成哲が南北交渉の代表の役割を果たした。
1975年頃に権力闘争に敗れ、1993年に党政治局員として復活するまで、慈江道で隠遁生活を送った。
1993年末、国家副主席に就任。翌年、国家主席の金日成が死去して主席が空位となり、1998年の憲法改正で国家主席制が廃止されると、金英柱は最高人民会議常任委員会名誉副委員長となった。2003年の第11期最高人民会議第1回会議でも代議員として選出され、最高人民会議常任委員会名誉副委員長に再任された。
しかし、同年9月の建国55周年記念閲兵式典で主席壇(人民大学習堂にある北朝鮮首脳部が閲兵をするバルコニー)に登場した頃から動静が伝えられる機会が激減している。2007年7月30日の道、市、郡人民会議代議員選挙で投票したことを朝鮮中央テレビが伝えて以来、動静に関する公式報道が途絶えていたが、2009年3月8日、最高人民会議代議員選挙で投票したことを朝鮮中央テレビが伝えた。2010年9月28日の党代表者会および中央委員会総会で党中央委員・政治局員を正式に退いた。